先日、子どもの用事で東京に数日滞在していました。その中で、ずっと訪れてみたかった「いもいも教室」に参加してきました。
穏やかな感動の余韻がしばらくつづいていたので、コラムに書いてみました。よろしければお付き合いください。
いもいも教室とは?
「いもいも教室」は、子どもの思考力を育てることに重点を置いている場所で、井本陽久先生が主催されています。ずっとお会いしたいなと思っていた方です。
井本先生は、数学オリンピック上位入賞者を多数育てた元・栄光学園教師です。東大に何十人も送り込む超進学校にいながら、大学受験度外視のユニークな授業を展開されてきました。
また、長年、日本の児童養護施設やフィリピンの孤児院や公立小学校で学習支援をされてきており、国内外多くの子どもたちを見てきています。NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」でも、その教育哲学が特集されています。
こちらの本もおすすめです。
子どもが自ら考えだす 引き算の子育て
悩みの種
今の教育現場では「探求」「多様性」「自己肯定感」といった言葉が広く使われるようになってきたものの、それを“どう体現するか”に悩んでいる先生方や学校が多いと感じています。もちろん、親である私自身も。
この一年、子どもの学校や習い事と向き合う中で、現場の先生方が本当に誠実に、子ども一人ひとりに向き合おうとしている姿を何度も目にしてきました。だからこそ、決して「できていない」とか「わかっていない」と言いたいのではありません。
ただ、現場の先生たちは制度やシステムの枠の中で日々奮闘していて、変化を“本当の意味で形にする”には、時間と試行錯誤が必要なのだと思います。
そんな中で訪れた「いもいも」では、まさにその“本質”が、空気のように自然にそこに存在していました。
素の自分でいられるから伸びる
まず感動したのは、先生たちのまなざし。
子どもたち一人ひとりの思考のプロセスを丁寧に観察し、その視点や感じ方を否定せず、むしろ「そのままでいい」と認めていること。
夢中になっていることを、そのまま夢中でいさせてくれる。そして「すでに子どもが持っている力」を、無条件に信じているのが伝わってきました。
その場にいた大人たちは、教えることよりも“引き出す”ためにそこにいる。
答えを与えるのではなく、自分で考える楽しさをそのままに味わえるように、そっと寄り添っている。押しつけでもないし、放任でもない、絶妙なバランスがありました。
学習塾や教育ビジネスでは「目に見える成果」を求められがちです。
数字や偏差値、受験実績といった“わかりやすい結果”で判断しがちで、「思考力」や「探究心」のようにすぐには数値化できない価値を伝えることは、正直難しい面もあると思います。
けれど、「いもいも」で感じたのは、まさに“わかりにくい価値”こそが人を育てるという事実でした。
「いもいも」を支えているのは、かつて井本先生から学んだ元生徒たち。教え子たちが今、その教室を一緒につくっている。その循環の尊さに胸が熱くなりました。
すくすく育つ土台
「思考力は土台。土台が育てば、結果はあとから必ずついてくる。」
井本先生が断言していた言葉が、強く心に残っています。この言葉は、今の私自身の仕事にも通じていると感じました。
私は、素晴らしい感性や想いを持っているのに、言葉にできずに悩んでいる方に向けて、「ことばを整える」サポートをしています。
コンセプトが定まらない、自分のサービスがうまく説明できない、発信しようとしても筆が止まってしまう。そんな方々に共通しているのは、「本質的な価値」を提供しているということ。
そんなサービスは、派手さはないかもしれません。でも、その中には“その人にしか届けられない価値”が詰まっている。
すぐには伝わらないかもしれない。でも、諦めない限り、まっすぐ伝えようとする姿勢や、その奥にある探究心や情熱が、必ず周りに伝わっていく。
そうして、変化を感じたクライアントさんが、また誰かに伝えてくれる。そんな循環が生まれています。
信じたことに熱中する勇気を
私が「わかりにくい価値」をことばに整えるお手伝いをしているのは、前職の教育事業を伝えることに大苦戦したから。
頭では小手先のテクニックでは変わらないとわかっていても、不安が大きい時ほど、わかりやすい結果を求めてしまうものですよね…。前職で、そんな人の矛盾を何度も見てきました。
でも、ワクワクしている、ピンときた、胸が躍っている、そんな「感覚」は確かにあなたの中にあるのではないでしょうか。
自分の中にある感覚を信じ、それを“伝わる形”にすること。教育も、ビジネスも、土台が整えば、結果はあとからついてくると私は信じています。今回、井本先生の言葉にとても勇気をもらいました。
もし今、「うまく言葉にできない」「伝えきれていない気がする」と感じていたら、それはあなたの中にある価値が“まだ深く根を張っている途中”なのかもしれません。
焦らずに、でもあきらめずに。
自分の想いを、自分の言葉で伝えていけるよう、私はその隣で伴走していきたいと思っています。