一筋縄ではいかない私が、たどり着いた今

器用そうに見えて、そうではない自分。

試行錯誤しながら、今の活動にたどり着いた経験を綴りました。

自分への「問い」をフックに、言葉と向き合ってきたストーリーです。

目次

察してくれるのが当たり前と感じていた子ども時代

私の母は察しが良いひと。

調子がいい時も悪い時も、察して動いてくれます。そんな環境が当たり前で過ごしていたからか、自分の気持ちを伝えることを積極的にしてきませんでした。

「なんで分からないの?」

人間関係が広がるにつれて、頭の中を反芻していた言葉。

特に「わかってくれるはず」の母が理解を示してくれない時は、根底に眠るドロっとした感情が溢れ出してくる感覚がありました。

真面目な両親からもらった「正しく生きる」という価値観と、それに反抗したくなる自分の気持ち。

進路を決めるタイミングでは、どこかで「その生き方違う」という気持ちが疼きながらも、最終的には「良い学校」「良い会社」を選んでいきました。

やりたいことがない…葛藤の13年間

証明写真
内定率が高いとされるスタジオでの撮影^^;

大学3年生の就職活動で、私は人生ではじめて挫折を経験しました。

周りの友達が夢を語る中、やりたいことが見つからないのです。

「B会社で中国の仕事がしたい」「お父さんと同じ仕事がしたい」志高く夢を語る友達の横で、口を閉ざしていました。

社会に置き去りにされないように、辻褄を合わせるように作った志望動機には熱量がなく、何とか自分を合わせに行っている感覚。

「どう生きたい?」「やりたいことは何?」

一向に出る気配がない自分の答え。

瞬間的な痛みではなく、これまでの生き方を全否定されるような鈍痛がつづく挫折感。

学校推薦で決めた会社の選択基準は、「安定」「潰しが効く」「親が喜ぶ」の3つ。

就職しても楽しいわけもなく、2年9ヶ月の勤務を経て転職しました。

自分を活かす働き方がしたい

休日はヨガ三昧!毎日筋肉痛でした

転職先では人間関係や福利厚生にも恵まれ、長く務められる環境が整っていました。当然、ここで長く働くことを希望して入った会社。

けれど、満たされませんでした。

「本当にやりたいことってなんだろう?」

転職をしても、就職活動中から抱いていた疑問は日に日に色濃くなる一方。

副業でヨガのインストラクターをしたり、コーチングを学んだり、起業している方との繋がりを増やしたりしていました。

そんな安定した生活の中で味わえる楽しさを満喫していた28歳の時、待望の妊娠が判明。

しかし子宮外妊娠とわかり、その後も稽留流産を経験。

「生きる」ってそれだけで奇跡なんだな…

やり場のない感情が溢れ出て、健康に生きている私には「自分を活かして生きる責任がある」と体が教えてくれました。

子どもを預けてまで働きたいの?

オーストラリア研修
子どもが10ヶ月の時に二人で行ったオーストラリア研修

知人の紹介で知った「大人の寺子屋」のような場所。

そこで私は人間心理を学び、自分で実験しながら自己探求を深めていました。

そして、再びわかった妊娠。その時の私には不安は一切なく、喜びに溢れたまま無事に元気な息子を出産したのです。

捉え方や考え方が変わると世界が変わることを実感。

可愛い息子との毎日を過ごしながら「この子を預けてまでやりたいことは何?」ずっと問いつづけていました。

そして、私の世界が変わったきっかけとなった「大人の寺子屋」である教育研修会社で働くことを決めました。

「これを仕事にしたい!」という情熱を持てずにいた私が、初めてたどり着いた場所でした。

伝わらないとビジネスは存続できない

尊敬する仲間、やりがいのある仕事。毎日が希望に溢れていたので、多くの人にこのサービスを知って欲しいと意気込んでいました。

しかし、意気込みとは裏腹に集客がうまくいきません。

「あやしい…」「よくわからない」「どんな結果が出るの?」本質であるほど伝わりにくくなる現実に直面。

伝わらなければ売上げを作れないので、事業は存続できません。売上げに対して給与が決まるスタイルだったので、安定しない収入に不安もありました。

同時に、“一見良さそうに見えるもの”が売れていくことへの違和感も感じていました。

良いものが売れないのは違う。
売るために「良さそう」に見せるのも違う。

このジレンマが、私を探求への道へとかりたててくれました。

論理だけでは頭打ち。もっと感性活かしていこう

提供していたメソッドは、アメリカがルーツであったため、プロモーション手法は超ダイレクト。

日本人の感性には受け入れがたく、同じ方法では広がりませんでした。

同時に学んでいたコピーライティングやマーケティングも、ルーツはアメリカ。

その方法で執筆をするようになって感じてきたのは「論理だけでは頭打ち」という事実でした。

何より、思考だけで考えているビジネスは、私自身が疲弊していく感覚が拭えなかったのです。

文章は、非対面であったとしてもコミュニケーション。
自分の気持ちも相手の気持ちも大事に紡ぐ伝え方をしていくことを決めました。

この温度感を、届けたい

ヒアリングをさせていただく時に必ず感じる「温度感」

発信者の感性を表現し、届けたい相手が受け取れる形に磨くことに専念していくと、深く手をつなぐ相手にダイレクトに伝わるようになっていきました。

「売れるために」とやみくもにノウハウを追うのではなく、心から届けたい想いをのせて表現していくと、ちゃんと伝わるんです。

この言葉になりきっていない温度感を、私は伝えたいんです。

2020年からアトラクト・ライティング®️を体系化し、100業種のクリエイティブ制作に携わってきました。

そして、この方法をもっと伝えていきたいと思い、2022年からコトバ磨きトレーニング「コトトレ」(現コトパッション)として、感性を発揮し、得たい結果につながる表現プロセスをお伝えするようになりました。

子どもたちが生きる未来のためにできることは…

コトパッションを受講いただいた仲間との撮影

コトパッションでお伝えするようになり、受講生さんお一人お一人が「自分のここを発揮していきたい」という光を掴む瞬間があります。

ここを掴むことができると、どんどん表情が緩んでくるんです。

私はこの顔が見たくて伝えています。

そして、お一人お一人が素晴らしい感性を発揮し認め合うことができる世の中に少しでも貢献していきたいと思うのです。

子どもたちが生きる未来のために、私ができることは、唯一無二の感性を表現し活かしあう「共創」を自分自身も体現し、伝えつづけていくこと。

自分がわかると、本当にやりたいことが見つかる

自分がわかると、人のこともわかってくる

自分の中にある感覚を言葉にすると、自ずと道はひらける

これが、私が経験を通して掴んだ道筋です。

菊地郁子

「なんでわからないの?」

そう自分に問うた、子どもの時の私。

理解し合うことを、どうしても諦めたくない大切な人たちとの関係が、私の土台になっています。

そして、自分の活かしどころを社会で発揮する中で見えた自分の「違和感」が、今の私の探求の道を示してくれました。

唯一無二の一人一人の感性が伸びやかに発揮できる世の中へ貢献したくて、私は言葉を大切に活動しています。

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